シャンプー、ワックス、シェイビングクリーム♪シャンプー、ワックス、シェイビングクリーム♪シャンプー、ワックス、シェイビングクリーム、 保湿用リップグロス♪シャンプー、ワックス、シェイビングクリーム、 保湿用リップグロス、ポッキー苺味♪ 「おい、こら、変なもん入れんな」 浮き足たって、ふわふわしながら歩くあたしを、前方を歩いていたお兄ちゃんがふり返って、ばっちしツッコミを入れた。時刻は深夜12時、駅前のドラッグストアはまだガヤガヤと遊んだ帰りの高校生やら、これから遊ぶ大学生やら、もう帰る気すらなさそうな酔っぱらいやらでひしめいている。それらをうざったそうに睨みながら、これからご出勤のお姉様方&元お兄様方が人をぶっ殺しそうな勢いでバンバカ化粧品をカゴに入れている。 「すんげー頭、何盛りだろ?うへー」と思いながら、あたしはスタスタと目的の商品コーナーにむかうお兄ちゃんの後をついて、歌う様に歩く。色とりどりのコスメやマニキュア、バスオイルに香水、そして夜の猥雑さがそれらに興をそえて気分をどんどん楽しくさせる。ただでさえ厳しいうちの親は、高一になったばかりの娘(あたしっす)の夜9時以降の外出を断固禁じている。だからこの深夜の散策はただの駅前のドラッグストアとはいえ、なんだかあたしにとってはちょっぴり大人の楽しみを味わえる嬉しい機会なのだ。まあ、お兄ちゃんつきの30分ポッキリ限定キャンペーンなんだけどさ。 「んな嬉しそうにしててもなんも買わねーぞ?」 「えー?」 「えーじゃねーよ、お前この間も気づかない内にカゴに「足が細くなるストッキング」とか入れてたろ?あれ家帰ってから袋入ってんの見てマジビビったんだぜ?」 「だってお兄ちゃん1個だけ買っていいて」 「“なんでも”1個買っていいとは言ってねーよ、俺の財布と空気読め」 「あれ彼女さんもすすめてたんだよー?」 「マジで!?ハア・・・あいつ・・・・」 「お兄ちゃんあんな顔と足の綺麗な彼女もってて羨ましいねー」 「おだてたって何も出ねーぞ」 「チッ」 悪態をつきあいながら、お兄ちゃんはクリームついでにシェイバーも物色しだし、あたしは女の子用のシャンプーの新商品(さらつや☆うるおい秋髪だってよ)につられて、そっちへふらふらと行く。背後で「俺、ちょっと探すもんあるから向こうの方行ってくるわ、お前うろちょろして迷子なんなよー」というお兄ちゃんの声に、適当に「ほーい」と返事をして、あたしはディスプレイ用のモニターの中で、妖精の様にくるくると秋髪とやらのパーフェクトなヘアスタイルをひらめかせる人気アイドルの姿を目で追っていた。 「うーん、毎朝こんな完璧にできないんすけど」とモニターを睨んでいたその時、スクリーンの斜め後ろの棚からひょこっ、と見慣れた白いしっぽがのぞいた。「この見覚えのあるフォルムは・・?」と思った瞬間、白いしっぽがひっこみ、それよりもさらに見覚えのある顔があらわれた。こうこうとした蛍光灯の下でも白い顔色、にやっと笑って猫のように口元を上げた。 「よう、、奇遇じゃな」 「仁王!」 ジーンズにパーカーというラフな格好で、仁王雅治は飄々と目の前に立っていた。少し力の抜けた風な髪の毛が、遊び帰りの雰囲気をかもしだしている。 「買い物?」 「おう、ちょいとワックス切らしとっての」 「ああ、だからなんかいつもと雰囲気違うんだね」 「そういうお前さんも見た事ない格好しよって」 そう言われ、少し短めのスカートにキャミソールという、いつもしない女の子らしい格好をしている自分に気づいて「へへ」と照れて笑った、おまけに近所だからと可愛いけれど、長時間は履けないヒールの靴を足にひっかけている。普段、学校ではお互い馬鹿話しかしない仁王とあたし。いつもとはちがう私服のシチュエーションが、妙に面映く感じさせる。 「どれ買うの?」 「普段はこれを使っているんじゃが、たまには違うのも買ってみようかと思っての、おっこれいいな」 「あ、それブン太が使ってるやつだ」 「マジか?丸井と同じか、かぶるのは微妙じゃなー」 「何、その変な対抗心?」 「こだわりと言ってくれい」 そういって眉をしかめてちょっと口を尖らせた仁王。拗ねた子供みたいだ。学校ではいつもクールな仁王くんで通してるのにな。 「お前さんは何を真剣に見とったんじゃ?」 「えーとね、このシャンプー、新商品なんだってさ」 「おー、CMでやっとったな」 そう言って、モニターの中で可愛い笑顔を振りまくアイドルをながめる仁王。すぐに「ぷっ、お前さん同じになれると思ったら大間違いじゃぞ?」といつもの口調で、バカにされるかと思って「いや、べ、別に買おうとか思ってたわけじゃないから」とあわてて取りつくろうとしたら、仁王がちらっとこっちに目線だけくれてじーとあたしを見つめた。そのちょっと真剣な目つきに、思わずどっきんと心臓が一回鳴る。 「お前さん、今のままで良いと思うぞ」 「へ?」 「髪型」 「え?」 「変えようとしちょるんじゃろ?」 「あっ、うん、ちょっとね、このCMのヘアカット良いなと思った」 そのままあたしの顔と髪型を交互にみて、仁王はとても柔らかく笑った。 「俺は今の方が好きじゃ」 どっきん、二回目。 なんだろ?今日の仁王はなんだかいつもと違う。変だ、なんか優しい。「ハッ!もしかして中身は柳生くん!?」と身構えたけれど「わざわざ深夜12時すぎに仁王の格好で徘徊する紳士 at ドラッグストア」という図がありえなさすぎて、その考えは打ち消した。うーんとあれこれ疑っているうちに、すっと顔の横をよぎる白い手の影が。顔のすぐ近くにせまった仁王の整った顔。その左手があたしの髪の毛に触れている。 「まあ、もう少し短めにしても似合いそうじゃがな」 にっと笑ったきれいな瞳に、長めの睫毛がかぶさる。 すごく目の前で白い髪が泳ぐ、そよそよと。 心臓が止まった。 「・・・あたしも、今日のワックスつけてない仁王、結構好きだよ」 やっとの思いで、恥ずかしいけれど本音を言ったら、仁王の睫毛が震えた。明るい店内のきらきらした照明の下、七色の品々を手にとって通りすぎる人々の中で、あたしと仁王だけ見つめあったまま、2人だけの時間が止まってしまった。優しい仁王、素直なあたし、なんだかいつもとは全然違う2人。照れてあたしが笑うと、仁王も笑った。頬が熱いな、足下がふわふわして立ってるのがやっとだ。恐るべし、深夜のドラッグストアマジック。 目を伏せて何か大事そうに仁王が低い声で言った。 「、俺・・・」 「おい!!!!見つかったぞ!」 背後から突然呼ばれてあたしは飛び上がった。びっくりして振り返るあたし、仁王も何事かとそちらを向いた。高らかにあたしの名前を呼んで、満面の笑みでお兄ちゃんがこっちに向かって手をふっている。 コンドーム売り場の前で。 悪いことにお兄ちゃんはちょっと童顔入ってる、下手したら高校生に見えなくもない。そんでもっておまけに今エイプのTシャツの上から高校時代のジャージを羽織っている。(なんつーセンスだよ)ちなみに・・・お兄ちゃんは立海大付属高校卒業だ。その遠目でもよく見慣れたジャージ上下で、コンドームの大箱片手に「帰るぞ」というように、くいっと首を傾けて合図を送るわが兄。 全身から血の気がひくサーーという音を聞いたような気がした。恐る恐るぎ、ぎ、ぎと首をまげて後ろの仁王を振り返り「あ、あのね、仁王、あの人は」と説明しようとして、仁王の顔色を見た瞬間、あたしはもう一度自分の全身の血の気がひく音を聞いた。仁王は無表情で「ふーん」とでも言うように真顔であたしを見つめていた。先ほどまでの優しげな表情はどこへやら、その顔にいつもの人の悪そうな詐欺師の笑みが、にやりとのぞいた。 「そうか、お邪魔だったみたいじゃのう」 「え?いや、だから、これは」 「なんじゃ、優しゅうしちょった俺が馬鹿みたいじゃのう」 「は?」 「にぶいお前さんには正攻法はきかんおもて、時間かけてたらこれじゃ」 「仁、仁王?」 「やられたわ」 ぐいっと耳をひっぱられ、唇を近づけられる。 「明日から覚悟しい」 ふう、と息を吹きかけるようにささやいて、そのままひらりと仁王は店外へ出て行った。あたしの耳にありえない熱さを残して、外の闇夜に白い毛先のしっぽが消えてゆく。 え?覚悟って?何?なんなの?まさか?え? 呆然と立ちつくすあたしの頭を、バンっとレジ袋で叩いて「けーるぞ」とお兄ちゃんがスタスタと手をひいて、出口の方へ引っぱってゆく。あたしを引きずりながら、帰り道を上機嫌で歩くお兄ちゃん。ずるずると引きずられながら、まだよく訳のわかっていないあたし。 「おっそうだ、お前の言っていた保湿用リップなんたらってこれで良いのか?」 「・・・え?買ってくれたの?お兄ちゃん?」 「まあな」 「ありがとう!!!・・・・・・あ、ハニーフレーバーじゃない」 「は?」 「これ3種類フレーバーがあって、ハニーが一番人気なんだよ」 「んな細かいとこまでわかるかよ、朝食用のハチミツでも塗っとけ」 「・・・(んなムチャな)」 見上げれば、空には丸まるとしたお月様が輝いていて、その光のやわらかさが、さっきまであたしと仁王の間に流れてた不思議なふわふわとした甘い時間を思い出せてくれる。それを一瞬でぶち壊した張本人の背中を眺めながら「ふう」とあたしはひとつ溜息をついた。 「・・お兄ちゃん」 「なんだ?」 「馬鹿ヤロー」 「ハ?」 「そんでもって、グッジョブ」 「ハア?」 口をひんまげて顔中に?マークを作ったお兄ちゃんを追い越して、足取りも軽く、あたしは家路への道を走って帰ってゆく。 深夜のドラッグストアで行われた、真夜中の詐欺師からの宣戦布告。受けて立ちましょう、明日からの攻防戦。勝ち目のなさそうな勝負だけど、この胸から飛び出しそうな弾丸のようなドキドキに賭けて あたしは負けられない。 091017 |